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<title>早起きおっさんの撮影日記</title>
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<description>花、家族の話題を中心にした、唯一の得意技の早起きおっさんの撮影日誌です</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Sun, 02 Jul 2006 10:05:10 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Fri, 01 Dec 2006 05:08:54 +0900</lastBuildDate>
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<title>娘とミュージカル観賞</title>
<description>娘とミュージカル観賞3月24日（月）昨日（3/23）は、朝から曇り、夕方からは前の予報の中、娘と二人で滋賀県の栗東までミュージカルを見にいってきました。ブログで知りあった人が出演されるということなので・・・昨年の８月から練習をし、今日を向えたとのこと！正直なところ、練習したとしても素人集団！と余り期待はしていなかったですが・・・でも、その内容と出来栄えに感動でしたね。練習とはすごいと思います。半年でここまで・・・お金をいただいて人に見せる・・多分それは並大抵のことでは出来ないと思います。舞台に出た人たちだけではなく、演奏をされた方、大道具、小道具など関係者の皆様全員に大きな拍手、こころからの拍手をおくりました。会場外で待ち受けていた出演者の方々の涙・・・涙・・・それがその努力を表していました。沢山の娘と同年代の子供達も出演。小学校を卒業し中学に進む娘に良いプレゼントになったかな？　そして、夕食はこれまたブログで知り合った「makanaiya」さんにハンバーグが美味しかったと娘も大喜び、お世話になりました。私は「makanaiya」さんで有名？話題の焼酎「鬼嫁」をいただきました。これまた美味しい！「今日は何の日」24日(月) 赤口 三碧 ［旧暦二月十七日］【世界結核デー】1882年(明治15年)のこの日、ベルリンでコッホ博士が結核菌を発見したことを記念して1997年(平成9年)にWHO(世界保健機関)が制定したものです。     【マネキン記念日】1928年(昭和3年)のこの日、高島屋が御大礼記念博覧会で初めてマネキンを登場させたことを記念して制定されています。当時は人形ではなく、生身の人間だったとのこと。【ホスピタリティ・デー】1994年(平成6年)に日本ホスピタリティ研究会(現日本ホスピタリティ協会)が制定したものです。【壇ノ浦の戦いの日】1185年(元暦2年)のこの日、長州沖の壇ノ浦合戦で源義経が率いる源氏の水軍が平家軍を破っています。この合戦により平家一門が滅亡。平教経に追われた義経が、船から船へと飛び移る「八艘飛び」でも知られる。【檸檬忌】 京都を舞台とした小説『檸檬』で知られる作家、梶井基次郎の命日。1932年(昭和7年)、肺患により31歳で没す。</description>
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<category>見学・鑑賞</category>
<pubDate>Mon, 24 Mar 2008 05:05:33 +0900</pubDate>

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<title>冬景色の修学院離宮</title>
<description>冬景色の修学院離宮１２月１９日（水）　昨日（12/18）は、寒い一日でした。でも昼間は11℃まで、上がりましたので散歩にはそこそこの気温でした。今日は、朝は会社で仕事をしてそれから、先週に再検査を受けそのときに栄養指導を受けるようにと申しつかった日になります。妻と病院で待ち合わせして、二人で聞いてきました。やはり、お酒は少なくとも半分に、休肝日も週２日、それと塩分をかなり減らすようにとの指示でした。そうだろうな！と思っていました。食事事態はかなりバランス量も良いとのことでした。しかし、お酒の量とつまみがカロリーオーバーや体調不良の原因とのことです。でも、お酒は頑張った自分へのご褒美なので・・・(^o^)でも、ここは少し量的な問題やつまみの種類などを考えます。今日は、この病院に行くために、会社の仕事を早く片付けるために朝の７時には会社にいましたので、朝の更新が間に合いませんでした。ということで、午後の更新でした。ということで、今日の話題は、15日に出かけた参観の二箇所目の「修学院離宮」です。こちらは、さすがに京都でも北方面になりますので、紅葉は殆どというかまったく見ることが出来ませんでした。その上に建物としてのみどころである、中離宮が工事中で殆どみることができませんでした。そんな、修学院離宮ですが・・・その雄大な姿がすてきでした。昔の貴族の力はすごがったですね。修学院離宮について少しパンフレットよりご紹介***************************************************修学院離宮の歴史　修学院の名は、10世紀後半ここに修学院という寺が建立されたのが始まりであった。南北朝時代以後この寺は廃絶したが、地名は修学院村として残った。修学院離宮は、桂離宮におくれること30余年、明暦元年から2年（西暦1655～1656年）にかけて後水尾上皇（こみずのおじょうこう）によって造営工事が起こされ、万治（まんじ）2年（1659年）に完成した山荘である。離宮の造営より早く上皇の第一皇女梅宮が得度（とくと）して、現在の中離宮付近の円照寺に草庵を結ばれていたが、早くから別荘としての適地を探しておられた上皇は円照寺を大和の八嶋に移し、上と下の二つからなる御茶屋を建設した。幕府との間に緊張が続いた時代であっただけに、短期間にこれほど大規模な山荘を造営し得たことは一つの驚異でもある。中の御茶屋は創建当時の山荘にはなかったものであるが、上皇の第八皇女光子内親王（朱宮）のために建てられた朱宮御所に東福門院（後水尾上皇の皇后、将軍徳川秀忠の娘和子）亡き後の女院御所の建物を一部移築して拡張した。上皇崩御の後、光子内親王は落飾得度してこれを林丘寺となされた。明治18年（1885年）林丘寺門跡から境内の半分が楽只軒（らくしけん）、客殿とともに宮内省に返還されたので、離宮に編入したものである。昭和39年（1964年）上・中・下の各離宮の間に展開する8万dに及ぶ水田畑地を買い上げて付属農地とし、景観保持の備えにも万全を期して今日に至っている。概説　比叡山の麓、東山連峰の山裾に造られた修学院離宮は、上・中・下の三つの離宮（御茶屋）からなり、上離宮背後の山、借景となる山林、それに三つの離宮を連絡する松並木の道と両側に広がる田畑とで構成されている。総面積54万5千dを超える雄大な離宮である。明治期に宮内省の所管となるまでは離宮を囲む垣根も全周にはなく、自然に対して開放された山荘であった。　下離宮には、創建時では最大の建物の攣曲閣（わんきょくかく）があったが、比較的早い時期に失われ、今は南を庭園に囲まれた寿月観（じゅけつかん）が残っている。中離宮には、楽只軒と客殿があり、やはり南に庭がある。上離宮は、修学院離宮の本領であって、谷川をせき止め浴龍池（よくりゅうち）と呼ぶ大きな池を中心にすえた回遊式庭園となっている。その浴龍池を一望におさめる東南の高みには隣雲亭、中島に窮遽亭がある。山麓に広がる離宮のため上と下の離宮の標高差は40m近くあり、大小の滝に加え水流の早い小川もあり、どこにいても絶えず水の音を聴くことができる。昔は畦道にすぎなかった松並木から眺める風景もまたすばらしい。　京都御所、京都大宮御所、仙洞御所、桂離宮とともに皇室用財産（国有財産）として宮内庁が管理している。*****************************************************　　　　　　　　　　　まずは、修学院離宮のみどころの「浴龍池（よくりゅういけ）」です。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　下離宮「寿月観（じゅげつかん）」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　借景のお山　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　下、中、上離宮をつなぐ松並木　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　大刈り込み　　　　　　　　　　　　　この刈り込みで人工池の石垣を隠しています　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　離宮内の柿　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　隣雲亭（りんうんてい）からの眺め　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　隣雲亭からの眺めを楽しむ参観者　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　浴龍池にかかる千歳橋　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　窮遽亭（きゅうすいてい）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　浴龍池　　　　　　★おまけの1枚離宮のこんな景色も冬を感じさせてくれました。　　　　　　　　　　　　「今日は何の日」19日(水) 友引 六白 ［旧暦十一月十日］【仏名会(ぶつみょうえ) 】774年、清涼殿に僧を召して行われたのが始まりで「御仏名」「仏名懺悔」ともいう。仏の名前をとなえ罪を清めることを目的とした法要です。 845年に宮中の恒例行事となっています。すす払いは家の掃除、仏名会は心の掃除といわれるます。</description>
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<category>見学・鑑賞</category>
<pubDate>Wed, 19 Dec 2007 13:53:58 +0900</pubDate>

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<title>仙洞御所(せんとうごしょ）参観</title>
<description>仙洞御所(せんとうごしょ）参観１２月１６日（日）　昨日（12/15）は、寒い一日でしたが、宮内庁管理の仙洞御所（せんとうごしょ）と修学院離宮を参観させていただきました。妻と二人のお出かけ。希望は紅葉の綺麗な１１月の後半だったのですが、何せ１日限定２回の参観。1回の人数が約40名。ですから一日80名ほど。全国から申込がありますので、中々、希望の日、それも土日は無理ですね。ハガキ1枚に4名を名を連ねるとなると、1回の当選ハガキは10枚。1日20枚・・・・それは最も人気のある紅葉シーズンは当たりませんね。ということで、昨日１５日に何とか最申込で参観でした。わずか1本でしたが、カエデが真っ赤に紅葉して迎えてくれました。感動の1本でした。他の参観者の方々も記念写真の嵐でした。正確な表現ではありませんが、仙洞御所の場所を少し説明しておきます。京都御所のいっかくに位置します。仙洞御所をパンフレットより少しご紹介しておきます。***************************************************************仙洞御所とは，皇位を退かれた天皇（上皇、院などといわれる）の御所である。後水尾上皇(ごみずのお)の御所として江戸時代初期の寛永7年（西暦1630年）に完成した。それと同時にその北に接して東福門院（後水尾上皇の皇后，将軍徳川秀忠の娘和子）の女院御所も建てられた。古くは内裏のように一定の場所にあったわけでもなく、また必ず置かれたわけでもないが、後水尾上皇以来現在の地すなわち京都御所の東南に定まった。後水尾上皇が御存命の間に三度焼失し、その都度再建されてきたが、以後、霊元、中御門、桜町、後桜町、光格の五代の上皇の仙洞御所として使用された。嘉永7年（1854年）の大火で京都御所とともに焼失したのを最後に、ちょうどその時上皇も女院もおられなかったこともあり造営されないままとなった。そのため、現在の仙洞御所には、醒花亭（せいかてい）、又新亭（ゆうしんてい）の二つの茶室以外に御殿等の建物は全くなく、東側いっぱいに南北に展開する雄大な庭園が往時の面影を残しているだけである。築地塀は安政2年（1855年）、京都御所と共に建造されたものである。　大宮御所とは、皇太后の御所をいう。現在、築地塀内北西隅にある大宮御所は、慶応3年（1867年）に英照皇太后（孝明天皇の女御）のために女院御所の跡に造営されたものである。英照皇太后が東京に移られた後は、御常御殿のみを残して整理され、現在に伝えられている。　庭園は、仙洞御所の作事奉行であった小堀遠州が寛永7年（1630年）の御所の完成に引き続いて作庭したもので、古図によれば仙洞・女院御所とも石積みの直線的な岸辺を有する斬新な感覚の広大な池をもっていたようである。しかし、改修拡張等により遠州当時の遺構は南池東岸の一部にわずかに認められるにすぎない。延享3～4年（1746～1747年〉にかけて女院御所の庭園（北池）と仙洞御所の庭園（南池）が掘割（ほり）でつながれた。***************************************************************パンフレットより　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　御車寄　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　待合室(今回一緒に見学された人たち）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　御常御殿と南庭　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北池　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北池　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　洲浜　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　男滝　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　南池　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　醒花亭（せいかてい）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　醒花亭　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　醒花亭　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　醒花亭　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　氷室　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　洲浜に残るもみじ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　洲浜に残るもみじ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　又新亭（ゆうしんてい）「今日は何の日」16日(日) 大安 三碧 ［旧暦十一月七日］【電話の日】1890年(明治23年)のこの日、東京・横浜間にて日本で初めての電話交換事業が開始されたことを記念しています。【紙の記念日】1875年(明治8年)のこの日、元幕臣の渋沢栄一が設立した東京の抄紙会社が営業運転を開始したことによります。王子製紙の前身となります。</description>
<link>http://ysuzuki.shiga-saku.net/e70629.html</link>
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<category>見学・鑑賞</category>
<pubDate>Sun, 16 Dec 2007 06:25:08 +0900</pubDate>

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<title>サントリー山崎蒸留所見学その2</title>
<description>サントリー山崎蒸留所見学その210月11日（木）昨日は、さすが、元体育の日、晴れの特異日でしたね。東京オリンピックが開催されたのも、晴れの特異日だからです。一日、雲ひとつない晴天に恵まれました。気持ちのよい一日でした。今日の話題は、ぶらっと一人で行った、サントリー山崎蒸留所（サントリーウイスキー工場）の続きです。たかが1時間の滞在で2日分も引き伸ばすとは、見事でしょう！^^;今日は、見学時間になるまでの待ち時間に撮影した、ウイスキー館の展示物です。ただ、だらだらと掲載です。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「今日は何の日」 11日(木) 先負 一白 ［旧暦九月一日・朔］【鉄道安全確認の日】1874年(明治7年)に新橋～横浜間の新橋にて、日本初の鉄道事故が発生したことによります。ちなみに日本で始めての鉄道が開業したのは1872年(明治5年)10月14日。「鉄道の日」とされています。【『リンゴの唄』の日】1945年(昭和20年)のこの日、戦後はじめて制作された映画『そよかぜ』が封切られています。故・並木路子が歌う挿入歌『リンゴの唄』が大ヒット。なお、この映画には並木自身が主演しています。</description>
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<category>見学・鑑賞</category>
<pubDate>Thu, 11 Oct 2007 04:33:05 +0900</pubDate>

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<title>サントリー山崎蒸留所（サントリーウイスキー工場）見学</title>
<description>サントリー山崎蒸留所（サントリーウイスキー工場）見学10月10日（水）昨日の朝は、雨のスタート、三連休の後の朝一が雨はつらいですね。私はオープンカー通勤なので、雨が上がった合間に出かけ、会社まで後5分ぐらいのところから再び雨がポツリポツリと降り出し、カッパを持っていたのですが、面倒なのと後5分との考えから強行突破でした。ま、少し濡れましたが、私が会社にたどり着いてから雨脚がきつくなりましたので正解ということで気持ちを入れ替えました。今日の話題は、ぶらっと一人で行った、サントリー山崎蒸留所（サントリーウイスキー工場）です。本来予約が必要なのですが、１０月6日（土）にオープンカーで近くに行ったので（自宅からではなく、おばあちゃん家からですが）、見学枠が空いているか聞いてみたのです。余り期待していなかったのですが、空きありますよ！とのこと、えええ～え、ラッキーでした。受付の女性の方が、自転車は駐車場に置いてきてください。見ると自転車を引っ張ったままの状態でしたので！そして、受付のところで名前や住所を書いて渡すと、ドラーバーですからウイスキーの試飲はご遠慮くださいとシールを渡されてしまいました。そうか、自転車もドライバー扱いか・・・・・約30分の見学の後、30分の試飲の時間が・・・・・　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　サントリー山崎蒸留所　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　仕込み　　　　　　　　　　　麦芽を細かく砕き、温水とともにこの仕込槽へ。　　　　　　　でんぷんが糖分に変わり、これをゆっくりと時間をかけてろ過　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　蒸留　　　　　　　　　この変な形をしたものが、ポットスチルと呼ばれる単式蒸留釜、　　　　　　　　　　　　　向かって右側が初蒸留、そして左側が再留釜　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　蒸留釜　　　　　　　　　　　釜の首のところのふくらみや首の角度などにより味わいが　　　　　　　　　　　　　　変わるそうで、ここでは3種類あるそうです。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　貯蔵樽　　　　　　　　　　　蒸留された原酒は樽に詰められ貯蔵庫で長い眠りに、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　そんな樽たちの列　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本で始めてのウイスキーの樽　　　　　　　　　樽には、No:0001と1924年の文字が！すごいのひと言です。　　　　　　　　　　　　　　貯蔵4年目（右）と12年目（左）の色。熟成が進むろ琥珀色に・・　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　もうヨダレものです。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　最後の試飲コーナーここでは、ウーロン茶だけでした、ドライバーということで！。寂しそうにしている私に、案内のお嬢さんが、お代わりどうですかと進めてくれましたが、ウーロン茶では仕方が無い。案内のお嬢さんに目の毒ですから帰りますと、本来30分の試飲の時間があるのですが5分で退散。案内のお嬢さんが、今度は電車でおいでくださいねと！最初の受付に行くときに、自転車を置いてから行けば飲めたのに・・・・残念でした。今度は、上手にやるぞと・・・( ^_^)／□☆□＼(^_^ )電車で行く気なし・・・^^;「今日は何の日」 10日(水) 先勝 二黒 ［旧暦八月三十日］【釣りの日】1977年(昭和52年)に全日本釣り団体協議会と日本釣り振興会が、釣りの健全な発展を願って設けた日になります。10月10日で「ト・ト」(魚のこと)の語呂合わせから。【まぐろの日】日本鰹鮪漁業協同組合連合会が鮪(まぐろ)の消費拡大を目指して1986年(昭和61年)に設けた日となります。「万葉集」で山部赤人がこの日に鮪の歌を詠んでいるところから10月10日に。【缶詰の日】1872年(明治5年)のこの日、長崎でイワシの油漬け缶詰が作られ、さらに1877年(明治10年)のこの日に北海道開拓使が石狩町に缶詰工場を開設したことにちなんで制定されたものです。【目の愛護デー】1931年(昭和6年)に中央盲人福祉協会の提唱で「10」「10」を横にして目と眉に見立てて「視力保護デー」として始まっています。戦後に厚生省(現在の厚生労働省)が主催して改称されています。【アイメイト・デー】 東京盲導犬協会が盲人と盲導犬への理解を深めてもらおうと、目の愛護デーに合わせて制定されたものです。 </description>
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<category>見学・鑑賞</category>
<pubDate>Wed, 10 Oct 2007 04:37:56 +0900</pubDate>

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