姫路・神戸家族旅行(7)異人館「風見鶏の館」「萌黄の館」
昨日(4/5)は、大山崎町にあるおばあちゃん家に家族でお邪魔!。私は朝一で町内会の仕事の自治連合会館のお掃除当番のため、その仕事が終わってから後から出発。今回は一人なので、いつもと違うルートでおばあちゃん家に!。京阪電車で淀駅まで行き(日曜なので競馬をする人たちで溢れています)、そこから徒歩で大山崎町まで歩いてみました。結構、早く着きますね。多くの人たちが競馬場に吸い込まれていくのに私だけは競馬場への道を反対方向に・・・。道の途中では警察によるネズミ捕りも! 競馬場に急ぐ人たちが止められていました(ご愁傷様!・大切な競馬の資金が飛んでいきますね)。そんな現場を通り過ぎ約45分でおばあちゃん家に。
家に着くとまだ家族は到着していませんでした。途中の京都駅で買い物に時間がかかっているのでしょうね。早速、おばあちゃんからは、火災報知器の設置の依頼を受け天井に取り付け、午後からは妻と二人で古くなった掃除機の買い替えに電気屋さんに走り、その間に私はさくらの撮影に長岡天満宮にバタバタと・・!。昼間から宴会が盛り上がってグループがいくつも、皆さん、「花よりも団子」、いや、「花よりもお酒」かな(^。^;;
そして、夕ご飯には美味しい竹の子をいただきました。やわらかくて美味しゅうごじました。
ということで、今日の話題もまだ、姫路・神戸家族旅行のその7と、引き伸ばしています。異人館で写真撮りすぎましたので今日も異人館街、今日は「風見鶏の館」「萌黄の館」です。この異人館街は本当に港町神戸によく似合いますね。
それぞれの説明はインターネットから無断拝借です(^。^;;
風見鶏の館
この館はかつて神戸に住んでいたドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏(G・Thomas)が自邸として建てた建物です。 北野・山本地区に現存する異人館のなかで、れんがの外壁の建物としては唯一のもので、色鮮やかなれんがの色調、石積みの玄関ポーチ、2階部分のハーフ・ティンバー(木骨構造)など、他の異人館と異なった重厚な雰囲気をもっています。
また先頭のうえに立つ風見鶏はよく知られ、今では北野町の象徴として欠かせない存在になっています。風見鶏はその名の通り風向きを知る役目をもっていますが雄鳥は警戒心が強いことから魔除けの意味や、またキリスト教の教勢を発展させる効果があるといわれてきました。








萌黄の館
明治36年(1903年)アメリカ総領事ハンターシャープ氏の邸宅として建築されました。木造2階建て、下見板張りの異人館で、2つの異なった形のベイ・ウインドー(張り出し窓)を始め、アラベスク風模様が施された階段、重厚なマントルピースなど、贅沢な意匠が随所に見られます。その後、昭和19年(1944年)に小林秀雄氏(元神戸電鉄社長)の住宅となりました。
昭和55年(1980年)に国の重要文化財に指定され、長らく“白い異人館”と呼ばれていましたが、62年(1987年)からの修理で建築当時の淡いグリーンの外壁に復元されて、この名が名付けられました。2階のベランダからは、神戸港まで見渡せる素晴らしい眺望が広がります。






★おまけの1枚

萌黄の館の前では二羽の雀が仲良く
「今日は何の日」
6日(月) 先勝 六白 [旧暦三月十一日]
【しろの日】
「し(4)ろ(6)」の語呂合せから、1991年(平成3年)に姫路城(白鷺城)のある兵庫県姫路市が、市制100周年を記念して制定。姫路城は国宝で、ユネスコにより世界文化遺産にも指定されています。
国宝指定となっている城は、姫路城のほかに、松本城(長野)、彦根城(滋賀)、犬山城(愛知)の4つ。
【北極の日】
1909年(明治42年)にアメリカ海軍の軍人ロバート・ピアリーが、世界ではじめて北極点に到達したことによります。
【コンビーフの日】
1875年(明治8年)にコンビーフの台形の缶が特許登録されています。中に肉が詰めやすいように工夫されて、独特の台形の形になっています。
昨日(4/5)は、大山崎町にあるおばあちゃん家に家族でお邪魔!。私は朝一で町内会の仕事の自治連合会館のお掃除当番のため、その仕事が終わってから後から出発。今回は一人なので、いつもと違うルートでおばあちゃん家に!。京阪電車で淀駅まで行き(日曜なので競馬をする人たちで溢れています)、そこから徒歩で大山崎町まで歩いてみました。結構、早く着きますね。多くの人たちが競馬場に吸い込まれていくのに私だけは競馬場への道を反対方向に・・・。道の途中では警察によるネズミ捕りも! 競馬場に急ぐ人たちが止められていました(ご愁傷様!・大切な競馬の資金が飛んでいきますね)。そんな現場を通り過ぎ約45分でおばあちゃん家に。
家に着くとまだ家族は到着していませんでした。途中の京都駅で買い物に時間がかかっているのでしょうね。早速、おばあちゃんからは、火災報知器の設置の依頼を受け天井に取り付け、午後からは妻と二人で古くなった掃除機の買い替えに電気屋さんに走り、その間に私はさくらの撮影に長岡天満宮にバタバタと・・!。昼間から宴会が盛り上がってグループがいくつも、皆さん、「花よりも団子」、いや、「花よりもお酒」かな(^。^;;
そして、夕ご飯には美味しい竹の子をいただきました。やわらかくて美味しゅうごじました。
ということで、今日の話題もまだ、姫路・神戸家族旅行のその7と、引き伸ばしています。異人館で写真撮りすぎましたので今日も異人館街、今日は「風見鶏の館」「萌黄の館」です。この異人館街は本当に港町神戸によく似合いますね。
それぞれの説明はインターネットから無断拝借です(^。^;;
風見鶏の館
この館はかつて神戸に住んでいたドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏(G・Thomas)が自邸として建てた建物です。 北野・山本地区に現存する異人館のなかで、れんがの外壁の建物としては唯一のもので、色鮮やかなれんがの色調、石積みの玄関ポーチ、2階部分のハーフ・ティンバー(木骨構造)など、他の異人館と異なった重厚な雰囲気をもっています。
また先頭のうえに立つ風見鶏はよく知られ、今では北野町の象徴として欠かせない存在になっています。風見鶏はその名の通り風向きを知る役目をもっていますが雄鳥は警戒心が強いことから魔除けの意味や、またキリスト教の教勢を発展させる効果があるといわれてきました。








萌黄の館
明治36年(1903年)アメリカ総領事ハンターシャープ氏の邸宅として建築されました。木造2階建て、下見板張りの異人館で、2つの異なった形のベイ・ウインドー(張り出し窓)を始め、アラベスク風模様が施された階段、重厚なマントルピースなど、贅沢な意匠が随所に見られます。その後、昭和19年(1944年)に小林秀雄氏(元神戸電鉄社長)の住宅となりました。
昭和55年(1980年)に国の重要文化財に指定され、長らく“白い異人館”と呼ばれていましたが、62年(1987年)からの修理で建築当時の淡いグリーンの外壁に復元されて、この名が名付けられました。2階のベランダからは、神戸港まで見渡せる素晴らしい眺望が広がります。






★おまけの1枚

萌黄の館の前では二羽の雀が仲良く
「今日は何の日」
6日(月) 先勝 六白 [旧暦三月十一日]
【しろの日】
「し(4)ろ(6)」の語呂合せから、1991年(平成3年)に姫路城(白鷺城)のある兵庫県姫路市が、市制100周年を記念して制定。姫路城は国宝で、ユネスコにより世界文化遺産にも指定されています。
国宝指定となっている城は、姫路城のほかに、松本城(長野)、彦根城(滋賀)、犬山城(愛知)の4つ。
【北極の日】
1909年(明治42年)にアメリカ海軍の軍人ロバート・ピアリーが、世界ではじめて北極点に到達したことによります。
【コンビーフの日】
1875年(明治8年)にコンビーフの台形の缶が特許登録されています。中に肉が詰めやすいように工夫されて、独特の台形の形になっています。
旅行日記その4「飛騨街道 金山宿 筋骨めぐり」
旅行日記その3「下呂温泉合掌村ライトアップと早朝の散歩」
旅行日記その2「初日の昼食は、中津川・ちこり村」
旅行日記その1「巨岩に築かれた、山城苗木城跡」
旅行日記4「金沢 ひがし茶屋街」
旅行日記3「富山市ガラス美術館、池田屋保兵衛商店」
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旅行日記4「金沢 ひがし茶屋街」
旅行日記3「富山市ガラス美術館、池田屋保兵衛商店」
この記事へのコメント
おはようございます。
結局昨日は外出しなかった。
観光地独特の不便さです。
今日は大丈夫かな・・・。
そろそろ桜が見頃になるか。
神戸の異人館は、じっくりみたいでしょ。
撮影したいものがいっぱいだろうしね。
結局昨日は外出しなかった。
観光地独特の不便さです。
今日は大丈夫かな・・・。
そろそろ桜が見頃になるか。
神戸の異人館は、じっくりみたいでしょ。
撮影したいものがいっぱいだろうしね。
Posted by 京男 at 2009年04月06日 05:10
★京男さん、おはようございます。
そう、今度はカメラを置いてじっくりと、なんてことを思いましたが無理だろうな(^。^;;
そう、今度はカメラを置いてじっくりと、なんてことを思いましたが無理だろうな(^。^;;
Posted by すー at 2009年04月07日 04:40