干し柿作り!

2014年11月30日

Posted by すー at 04:21 Comments( 4 ) 食べ物
 昨日(11/29)は昨晩から降っていた雨も朝のうちに上がり、午後からは何とか青空も広がりました。そんな昨日は、またまたどたばたの一日になってしまいました。
午前中の仕事を終えて、その足で、おばあちゃん(義母)のところに、妻が午前中からそちらに行っており、干し柿作りの柿の皮をむく作業を・・・合流ということで!
私が着いたころには殆どの柿が剥き終えておりました。私の作業は吊るせるように紐で柿を縛り、消毒のための湯どうしした柿を吊るす係りです。私は不器用で柿の皮をむくのが出来ない。やると柿が半分の大きさになるのと、包丁の使い方を見ていると怖いということで触らせてもらえません。
そんな干し柿作りが終わった後は、もう一つの目的に・・・
それは、おばちゃん家で入らなくなった自転車・ママチャリを陸送ということで、大山崎町から私の家まで乗ってくることです。
そのママチャリ、パンクしているのか前輪の空気が抜け、タイヤがぺちゃんこなので、ますは修理が必要ということで点検作業から入ります。幸い空気バブルのムシゴムが傷んでいただけでしたのでその交換だけで済みました。ムシゴムはそんなこともあるだろうということで、朝出かける前に家から持ってきたものです。
 修理したママチャリでおばあちゃんの家を出発。途中、淀の競馬で渋滞している車の横をスイスイと通り過ぎ、約45分で自宅につきました。一緒におばちゃん家を出た妻は、バスと電車でしたが、私の方が早く着きました。でもさすがにママチャリは坂があるとキツイですね。それに、慣れないサドルでお尻が痛い(-。-;)
家に帰ってからは、私の個人事業主としての仕事をPCの前でこれまたバタバタとやっつけ、そして、その自転車カバーを買いにDIYのお店に行き、その後、自転車の手入れをしましたね。チョッと疲れました。という自分の日記ですハイ!
もらった自転車は長女用とする予定です。長女が小5の時に買ったものを今まで乗っていましたので、かれこれ10年以上お世話になったもので、さすがに古くなりましたので!。
い~やああ、そんなこんなで、またまた皆様のところへの訪問が出来ませんでした。昨日も本当にバタバタの一日でした。
そして、今日は楽しいイベントが待ってます。
どなたか晴れ男、晴れ女がおいでのようで、お天気は大丈夫そうですね(^_^)ニコニコ

ということで、写真は柿を吊るしたもので失礼します。
大きな柿なので大きな干し柿になります。毎年、美味しい干し柿になるので今から楽しみです。






ね、大きな柿でしょ(^-^)




「今日は何の日」

30日(日) 赤口 [旧暦十月九日]

【カメラの日】
1977年(昭和52年)に小西六写真工業(現在のコニカミノルタ)が世界初の自動焦点(オートフォーカス)カメラ「コニカC35AF」を発売したことによる。「ジャスピンコニカ」呼ばれて人気に。

【南座顔見世興行】(~12月26日)
京都・川端四条の南座で、京都の冬の風物詩である「吉例顔見世興行」がスタートする。

タグ :干し柿


二宮金次郎像

2014年11月29日

Posted by すー at 04:19 Comments( 4 ) 風景
 昨日(11/28)は朝から青空が広がり、気温はドンドンと上がりましたね。
そんな昨日はバタバタの一日で、皆さんのところへの訪問も、コメントへのお返事もままなりませんでした。
実は、午前中は仕事で出かけ、お昼ごはんだけを食べに家に帰り、食べた後にすぐに午後の特許庁の研修に出かけ、寄り道をして戻ったことから、遅くなりました。その上、自分の昨日中にやらなければならない業務が・・・そんなときに限ってパソコンの動きが悪いという「泣きっ面にハチ」状態でした。
途中で、町内会長の業務として選挙関係の広報を各戸に配るとというおまけ付きでした。

そんなことで、言い訳を沢山書きならべて、予防線を張っておいて、ブラブラとした時に見かけた「二宮金次郎」像で失礼します。
古い小学校には必ずありましたよね。私が通った小学校にもありました。





二宮金次郎は、ということでネットで見つけた情報から
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二宮金次郎は天明七年(1787年)小田原市栢山に生まれ、1856年に栃木県今市でなくなりました。二宮金次郎というとたいていの小学校の校庭に銅像がありましたので、殆どの日本人なら知っていると思いますが、生涯にどのようなことをし、どのような教えをしたかを知る人は少ないと思います。
金次郎は天明7年(1787年)に小田原市の裕福な農家に生まれ安政3年(1856年)に70歳で亡くなりました。生まれた頃は裕福でしたが、川の氾濫で田畑を失い、お父さんは金次郎が14歳で、お母さんは16歳の時になくなりました。
 そこで叔父さんに預けられるのですが、ある夜 明かりをともして本を読んでいると叔父さんに怒られたのでした。「お前は誰のおかげで飯を食っているのだ。油がもったいない。」というのです
 金次郎は今度は空き地に菜種を植え、出来た菜種と油を交換して本を読むのですが、また叱られるのです。お前の時間は俺の時間だ。お百姓に学問はいらないというのです。それから始まったのが、左の写真にあるように、槙を背負い歩きながら本を読む姿なのです。
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ということでした。
すみません、どうでもいい話題で、その上に中身が全くなくて・・・

今日と明日は別のブログの集まりである「so-net2014浪速食い倒れツアー」というオフ会が開かれます。
私は30日だけの参加ですが、初めてお目にかかる人たちばかりで緊張です。

今(AM4:00)は、結構な強い雨が降っていますが、予報では午後には曇とか?。そして明日(11/30)はお日様マークも!
せっかく、遠くから来られる方もおられるのでね!


追伸:何か、手抜き・時間が無いというのが見え見えの内容でしたm(_ _)m



「今日は何の日」

29日(土) 大安 [旧暦十月八日]

【議会開設記念日】
1890年(明治23年)のこの日、第1回帝国議会が開設された。

【パレスチナ人民連帯国際デー】
国連が1977年(昭和52年)に制定した国際デー。1947年(昭和22年)のこの日には国連総会がパレスチナ分割に関する決議を採択。

タグ :二宮金次郎


何度見かけても不思議な存在「本願寺伝道院」(その2)

2014年11月28日

Posted by すー at 04:15 Comments( 2 ) 神社仏閣
 昨日(11/27)は朝から青空が広がり、気温はドンドンと上がります。少し昨日のお昼近くに京都駅駅前をウロウロとしたのですが、上着が邪魔になる暑さに!
朝から出かけていた私は京都駅で妻と待ち合わせて、お昼を食べて、東本願寺さんに!ここでは阿弥陀堂の修復現場を間近で見られるということで見学をさせいただきました。
その様子はまたご紹介させていただきます。
そうそう、来年の手帳を購入しました。もう、そんな時期になったかと・・・本当に月日の進むのが早く感じます。

今日は、昨日の続きの「本願寺伝道院」その2ということで紹介です。
タイトルにもあるように、何度見かけても不思議な存在の建物です。

設計者の伊東忠太は妖怪好きであったといわれているそうです。建物自体も大変興味がある建物ですが、柵の上柱の上には、面白い姿の石造の動物がいます。よくみれば、妖怪なのかそれとも怪獣か?。なかには舌を出した妖怪もいたりして、見ていてとても楽しいですね。

































「本願寺伝道院」の紹介を説明看板から写しで

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本願寺伝道院(重要文化財)

 この建物は、明治28年(1895)4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の
社屋として、明治45年に東京帝国大学教授伊東忠太の設計、竹中工務店の施工により
建築されたものである。
当初は「本館」のほか「付属室」、「倉庫」の2棟。「物置、人力車置場、便所」、
「屋根付伝ひ廊下」が建っていたが、現在は「本館」のみが残る。

 伊東忠太は明治41年、日本建築もこれからは石材・鉄によらねばならず、
しかもその建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させる
ことにより生み出さなければいけない、という「建築進化論」を提唱し、
日本の建築界に大きな影響を与えた。

 建物はこの「建築進化論」の考え方を明確に表現した作品で、外観は
古典様式基づくものの、開口部まわりや軒まわり、塔屋の形態などに
サラセン洋式、日本の伝統的な洋式が用いられており、日本の
近代建築の発展を知るうえで貴重なものである。
                           昭和63年5月2日指定
                                                                                          京都市
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「今日は何の日」

28日(金) 仏滅 [旧暦十月七日]

【税関記念日】
1872年(明治5年)のこの日、長崎・横浜・箱館(函館)に設けられていた外国との貿易を扱う運上所が税関と改称されたことにちなみ、1952年 (昭和27年)に税関記念日が設けられた。

【太平洋記念日】
1520年にポルトガルの航海者マゼランが、マゼラン海峡を通過して大海にでた。この海を Pacific Ocean(平和な・穏やかな大洋=太平洋)と名づけたことによる。マゼランの部下が帰国して、地球が球体であることを証明した。

【親鸞忌、御正忌(ごしょうき)】
浄土宗の開祖、法然の弟子である、浄土真宗の開祖・親鸞の命日。享年90。師である法然の思想を更に深めて独自の信仰境地をつくりあげ、絶対他力・悪人正機説をとなえた。



何度見かけても不思議な存在「本願寺伝道院」(その1)

2014年11月27日

Posted by すー at 04:18 Comments( 3 ) 神社仏閣
 昨日(11/26)は昨晩からの雨も残っていましたが、明るくなった頃には何とか霧雨状態に! でも、時々時雨れる、小雨がぱらつくという不安定な、寒い一日。い~やああ、うっとおしいお天気の一日でした。先の3連休がお日様に恵まれ、暖かな日が続きましたので、堪えますね。

このところ、紅葉、黄葉の写真・話題が続きましたので、西本願寺さんのイチョウを撮影した時に、一緒に撮影した「本願寺伝道院」のご紹介とうことで! ま~何度も私も取り上げておりますが! またまた登場です。
今回は、建物紹介と遠景からみた「本願寺伝道院」の2回の登場ということで! 今日は遠景から建物紹介ということで!

とりあえず、「本願寺伝道院」の紹介を説明看板から写しで

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本願寺伝道院(重要文化財)

 この建物は、明治28年(1895)4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の
社屋として、明治45年に東京帝国大学教授伊東忠太の設計、竹中工務店の施工により
建築されたものである。
当初は「本館」のほか「付属室」、「倉庫」の2棟。「物置、人力車置場、便所」、
「屋根付伝ひ廊下」が建っていたが、現在は「本館」のみが残る。

 伊東忠太は明治41年、日本建築もこれからは石材・鉄によらねばならず、
しかもその建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させる
ことにより生み出さなければいけない、という「建築進化論」を提唱し、
日本の建築界に大きな影響を与えた。

 建物はこの「建築進化論」の考え方を明確に表現した作品で、外観は
古典様式基づくものの、開口部まわりや軒まわり、塔屋の形態などに
サラセン洋式、日本の伝統的な洋式が用いられており、日本の
近代建築の発展を知るうえで貴重なものである。
                           昭和63年5月2日指定
                                                                                          京都市
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という歴史ある建物です。
何度見かけても不思議な存在「本願寺伝道院」です。
そして、この建物が西本願寺さんが建てたものというのもまた不思議ですね。


大きな屋根と黄色いイチョウが西本願寺さん
東本願寺さんからの景色


西本願寺さんからみた「伝道院」




こんな仏壇屋さんのある通りに・・


本願寺伝道院のところから振り向くと、西本願寺さんの黄葉も・・・


この場所からの撮影はもうできないところの東本願寺さんから見たもの
なぜ、こんな景色が撮影できたかは、いずれご紹介する機会があるかも!





「今日は何の日」

27日(木) 先負 [旧暦十月六日]

【ノーベル賞制定記念日】
スウェーデン・ストックホルム生まれの科学者ノーベルが1895年(明治 28年)のこの日、自らが発明したダイナマイトで得た富を「人類に貢献した人に与えたい」と遺言した。その後、言葉通りに「ノーベル賞」が設けられた。

【感謝祭】(11月第4木曜日)
1620年にピューリタンたちがアメリカ大陸に渡ったが、その翌年にはじめて豊作に恵まれた際の収穫祭に由来する。アメリカの祝祭日。サンクスギビング・デー。




西本願寺のイチョウ(その2)「逆さ銀杏」

2014年11月26日

Posted by すー at 04:18 Comments( 3 ) 秋・紅葉
 昨日(11/25)は朝から雨。それも本降りの雨。昨日は眼科の検査の結果を聞きに病院までオープンカー(自転車)+カッパで行く予定にしていました。しかし、この降り方、寒さでは、風邪でも引いたら、受験生の娘の迷惑になるので中止しました。ということで、電車で行ってきました。かなりの雨脚だったので、長靴をバクバクと履いて、オープンカーなら15分ほどの距離を片道45分ほどかけて行ってきました。
雨で比較的空いていたのかな?。ほぼ予約時間に先生から呼ばれて、結果の説明を聞きました。右目は正常で、左目がギリギリセーフですが経過を見ることに(一部限界に近い数値のようです)。今のところ先生からは、薬は不要かな?迷う数値に近いとか?
ということで、経過観察をすることになり来年1月に予約を・・・メガネの度を上げても視力が上がらない、免許証の更新が出来ない、なぜ視力が上がらないのかを確認したい。ということから検査して、年齢からくる眼の病気の入り口を発見することになりました。気になることは積極的にということですね。でも、基本的には病院嫌いなのです。(-_-メ)
 眼科の前で待っていると、当然、眼科なのでお年寄りの患者さんが多いです。そして付きそいもお年寄り!。看護師さんが一生懸命に結果や次の手順、次の予約などを説明しています。患者さんも、付き添いもお年寄りも多いので中々、理解してもらえない。看護師さんがゆっくりと丁寧に何度も説明・・・時間がかかります。解ったかなと思うとまたまたトンチンカンな質問をします。またまた、最初から説明・・そんなやり取りが何組も! 看護師さんは気が長くないと出来ませんね。私なら「いい加減にしろ!」と言ってしまうかも(-。-;) 
そんな老老介護が益々、増えるのでしょうね。そのうちに私もか(-_-メ)
ハイ、他人にはどうでもいい報告でしたm(_ _)m


今日の話題も西本願寺さんのイチョウです。
西本願寺さんいは大イチョウが2本境内にあり、今日はもう一本のイチョウの紹介です。
このイチョウは、京都市の天然記念物に指定されています。
まるで根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」とも呼ばれる樹齢約400年の大銀杏です。このイチョウは本願寺に火災があった時、この銀杏から水が噴き出して消し止めたという伝説から、「水吹き銀杏」とも呼ばれているそうです。
本当に見事なイチョウです。一見の価値は充分にあると思います。観光客も少なく、おまけに無料で見ることが出来ます。
































「今日は何の日」

26日(水) 友引 [旧暦十月五日]

【ペンの日】
1935年(昭和10年)のこの日、日本ペンクラブが創立されたことを記念して1965年(昭和40年)に設けられた日。ペンクラブのPENは、Pは詩人・劇作家、Eは随筆家・編集者、Nは小説家を意味している。
初代会長は島崎藤村。15代目の現会長は阿刀田高。