昨日(12/17)は、まだ、このところの暖かさが少し残り朝の気温も4℃、日中も13℃という気温に!
午前中は何とか時々青空が見えたしていましたが、私が出かける予定の午後には曇り、所用でお邪魔したところを出てみると外は雨・・・やはり雨男かと! こんな私ですから当然、バッグには折りたたみ傘を忍ばせています。
実は昨日は、いただいた仕事を進めるために京都市東山区にある養源院 (ようげんいん)さんまで出かけてきました。
養源院さんが所蔵していらっしゃる所蔵品の件で、副住職様にお願いと打ち合わせに!。なんでも屋なので何でもやりますと言った関係で引き受けたという次第です。
午後の2時の面会でこちらの要望を述べさせていただき、ご快諾をいただくことができたのではないかなと喜んでおります。
こちらのご要望のご説明だけなので10~20分程度で終わるかと思っていたのですが、副住職さんと話しこみ、息子さんとも話に、結局1時間以上もお邪魔をしてしまいました。その打ち合わせが終わってからもお寺の歴史や俵屋宗達が描いた襖絵などのご説明をしていただき大変参考になりました。そして帰りには参考となる資料もいただきました。ありがとうございました。
という長い時間お邪魔してしまった関係で外に出ると雨が・・・・という具合でした。
ぶらりぶらりして、明日のブログのネタを探しながら帰る計画をたてていたのでが、この雨ではとそのままトンボ帰りに(-_-メ)
養源院 (ようげんいん)さんを少しだけご説明、受け売りですが・・・
養源院は、文禄3年(1594)に秀吉の側室淀殿が父浅井長政の菩提を弔うため、21回忌に秀吉に願い建立、寺名を長政の院号である養源院とされました。
元和5年(1619)に焼失しましたが、2年後に淀君の妹の崇源院(徳川秀忠の妻)が秀忠に懇願して伏見城の遺構を移して再建。
ここで有名なのが「血天井」と「俵屋宗達の襖絵」かな? お庭もかなりのものですが!
「血天井」
本堂の正面と左右の三方の廊下の天井は、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦の前哨戦となった伏見城落城の際、徳川家康から伏見城の守備を命じられた鳥居長政以下の将士が自刃した際に飛び散ったおびただしい血痕がついた板間の板を使用しているとのことです。俗に「血天井」と称して有名です。
「俵屋宗達の襖絵」
本堂には、俵屋宗達が描いた襖絵「松図十二面」や、白象、唐獅子、麒麟を描いた杉戸絵があり、すべて重要文化財に指定されています。
杉戸絵の題材となった「白象」「唐獅子」は、釈迦の脇持仏である普賢菩薩、文殊菩薩の乗り物。俵屋宗達は、「白象」「唐獅子」を描くことで、非業の死を遂げた徳川家家臣の霊をなぐさめるとともに、極楽に運び導こうとする動的でリアルな絵を完成させたと紹介されています。
副住職さん、ありがとうございました。
別れ際に、この話が進むといいですねとのご挨拶をいたしました。





この木はヤマモモの木
この木は、豊臣秀吉が伏見桃山城内に手植したものを、後年にこの地に移植したものと伝えられているそうです。
追伸:
養源院さんは、桜の時期、紅葉の時期は見事な姿を見せてくれそうなので、まだその時期には必ずお邪魔したいと思います。
「今日は何の日」
18日(火) 仏滅 [旧暦十一月六日]
【国連加盟記念日】
1956年(昭和31年)のこの日、国連総会で全会一致により、日本の国連加盟が可決されたことによる。1933年(昭和8年)の国際連盟脱退から23年ぶりの国際社会復帰の日ともいえる。
【東京駅の日】
1914年(大正3年)のこの日、東京駅が新築、落成した。オランダ・アムステルダム駅をモデルとした、赤レンガ造りの設計は、辰野金吾によるもの。彼は日本銀行本店旧館(重要文化財)も設計している。
午前中は何とか時々青空が見えたしていましたが、私が出かける予定の午後には曇り、所用でお邪魔したところを出てみると外は雨・・・やはり雨男かと! こんな私ですから当然、バッグには折りたたみ傘を忍ばせています。
実は昨日は、いただいた仕事を進めるために京都市東山区にある養源院 (ようげんいん)さんまで出かけてきました。
養源院さんが所蔵していらっしゃる所蔵品の件で、副住職様にお願いと打ち合わせに!。なんでも屋なので何でもやりますと言った関係で引き受けたという次第です。
午後の2時の面会でこちらの要望を述べさせていただき、ご快諾をいただくことができたのではないかなと喜んでおります。
こちらのご要望のご説明だけなので10~20分程度で終わるかと思っていたのですが、副住職さんと話しこみ、息子さんとも話に、結局1時間以上もお邪魔をしてしまいました。その打ち合わせが終わってからもお寺の歴史や俵屋宗達が描いた襖絵などのご説明をしていただき大変参考になりました。そして帰りには参考となる資料もいただきました。ありがとうございました。
という長い時間お邪魔してしまった関係で外に出ると雨が・・・・という具合でした。
ぶらりぶらりして、明日のブログのネタを探しながら帰る計画をたてていたのでが、この雨ではとそのままトンボ帰りに(-_-メ)
養源院 (ようげんいん)さんを少しだけご説明、受け売りですが・・・
養源院は、文禄3年(1594)に秀吉の側室淀殿が父浅井長政の菩提を弔うため、21回忌に秀吉に願い建立、寺名を長政の院号である養源院とされました。
元和5年(1619)に焼失しましたが、2年後に淀君の妹の崇源院(徳川秀忠の妻)が秀忠に懇願して伏見城の遺構を移して再建。
ここで有名なのが「血天井」と「俵屋宗達の襖絵」かな? お庭もかなりのものですが!
「血天井」
本堂の正面と左右の三方の廊下の天井は、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦の前哨戦となった伏見城落城の際、徳川家康から伏見城の守備を命じられた鳥居長政以下の将士が自刃した際に飛び散ったおびただしい血痕がついた板間の板を使用しているとのことです。俗に「血天井」と称して有名です。
「俵屋宗達の襖絵」
本堂には、俵屋宗達が描いた襖絵「松図十二面」や、白象、唐獅子、麒麟を描いた杉戸絵があり、すべて重要文化財に指定されています。
杉戸絵の題材となった「白象」「唐獅子」は、釈迦の脇持仏である普賢菩薩、文殊菩薩の乗り物。俵屋宗達は、「白象」「唐獅子」を描くことで、非業の死を遂げた徳川家家臣の霊をなぐさめるとともに、極楽に運び導こうとする動的でリアルな絵を完成させたと紹介されています。
副住職さん、ありがとうございました。
別れ際に、この話が進むといいですねとのご挨拶をいたしました。





この木はヤマモモの木
この木は、豊臣秀吉が伏見桃山城内に手植したものを、後年にこの地に移植したものと伝えられているそうです。
追伸:
養源院さんは、桜の時期、紅葉の時期は見事な姿を見せてくれそうなので、まだその時期には必ずお邪魔したいと思います。
「今日は何の日」
18日(火) 仏滅 [旧暦十一月六日]
【国連加盟記念日】
1956年(昭和31年)のこの日、国連総会で全会一致により、日本の国連加盟が可決されたことによる。1933年(昭和8年)の国際連盟脱退から23年ぶりの国際社会復帰の日ともいえる。
【東京駅の日】
1914年(大正3年)のこの日、東京駅が新築、落成した。オランダ・アムステルダム駅をモデルとした、赤レンガ造りの設計は、辰野金吾によるもの。彼は日本銀行本店旧館(重要文化財)も設計している。