消える鎮守の森

2008年01月11日

Posted by すー at 04:46 │Comments( 11 ) 思い出
消える鎮守の森
1月11日(金)


昨日(1/10)は、本当に春のような気温。昨日と同じコメント。まるで昼間は春のような様子。怖いくらいです。

ところで、今日の話題もお正月に故郷に帰ったときの話題です。
タイトルにあるように、私が子供のころよく遊んだ神社の鎮守の森が消えます。道路が作られるために、神社を移動するとのこと。祠は移動できても鎮守の森は移動できません。何百年もここで人々の願いを聞き、人々を守り続けた鎮守の森が無くなります。
何故、この森の木を切り倒して道路を作らなければならないのか?。後50mほど移動させれば、鎮守の森が守れる。何故それができないのか?。すごく不思議です。ここのこんもりととした場所は古墳ではないかとの噂も。そんなことはどうでもいいのだ!。地域の老人たちは、「撥が当たる、良くないことが起る」と噂している人も!
道路のルートを考えた人は、実際にこの森を人々の思いを確認したのがろうか?。効率だけでルートを考えていないのか?。疑問は沢山ある。
この正月で見納め。2月11日の建国記念の日の行事が終わると取り壊し、伐採に取り掛かるとか?。次に故郷を訪ねるお盆には更地に・・・・寂しい。また、故郷が遠くなる。それでいいのか?

新幹線で故郷に帰るときの新幹線の中から家の位置を確認する目印でもあった鎮守の森


そんな、鎮守の森への思い


      消える鎮守の森
       すでに、周りの家はすべて立ち退き、後はこの鎮守の森を残すのみ
       私が子供のころには、こんな石垣ではなくこんもりとした小山のように
       周りも少しきつい斜面でした。

            消える鎮守の森
                            何百年もある木々

            消える鎮守の森
                小さな祠ですが・・・長い間人々の信仰を集めていた祠

      消える鎮守の森
                    こんな眺めも、今年のお盆には更地で平らに・・・


これが見納め・・・・・・・・・・涙がでそうです。
今日は社会派のブログでした。




「今日は何の日」

11日(金) 先負 二黒 [旧暦十二月四日]

【鏡開き】
その年の年神さまに供えた鏡餅を小さく割り、お汁粉などにして食べる行事です。元々は武家社会の行事で、具足開き(鎧や兜に供えた餅を雑煮などにして食べた)といったそうです。そのため、鏡餅は刃物で切ると切腹のようだと手や木槌で割り、開くようになったことから鏡割りでなく、鏡開きというとのこと。

【蔵開き】
商売をする家では新年初めて蔵を開き、商売繁盛を祈る行事をこの日に行います。鏡開きのように鏡餅を割って食べます



【厚生省発足記念日】
1938年(昭和13年)に国民の体力向上をはかるために厚生省が発足したことによります。2001年(平成13年)からは労働省と統合され「厚生労働省」としてスタートしています。

【塩の日】
1569年(永禄11年)に上杉謙信が宿敵武田信玄に塩を送り、「敵に塩を送る」という言葉のもとになっています。新潟県糸魚川市と長野県松本市を結ぶ「塩の道・千国街道」によって塩が運ばれています。



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この記事へのコメント
辛い話しですね。。。
こういう場所って昔はあちこちになって、みんなこういう所で遊んで
色々な事を学んできたように思います。
無くすのは簡単かもしれませんが、一度壊したら戻ってこないものの
重み、大切さに胸が痛みます。
残念ですね・・・。
Posted by マツザキ@湖岸のほとりマツザキ@湖岸のほとり at 2008年01月11日 05:34
すーさん おはよう!

(笑)社会派のblogではなくロマン派のblogですよ〜♪

すーさん、道路計画が効率的、合理的ならまだ許せるけれど‥誰が考えても可笑しいのに、無理押しすれば
バチも当たるかもねーー?

寅さんの映画にできそうな懐かしい「鎮守の森」ですねーー!故郷がまた遠くなる‥ようなーよく分かります
Posted by at 2008年01月11日 07:09
おはようございます。
昔の風景が変わるのは寂しいですね!
うちの実家でも川幅を広げるとかで道の向かいの家がいっぱい立ち退きで取り壊されました。
意味あるのか?と思いますが・・・(-_-;)
Posted by PON at 2008年01月11日 07:21

続き

昔、子供の頃に泳いだ川や中海は今では泳げなくなっています。
ホタルもいなくなりました。
Posted by PON at 2008年01月11日 07:22
★マツザキ@湖岸のほとりさん、おはようございます。
そう、ここには子供の頃の思い出が沢山詰まっています。
蝉取り、祭り・みこし、相撲大会・・・・・
元の木の大きさに成長するまでまた、何百年もかかる。そしてその森は決して同じものではない。そのことが、残念です。
Posted by すー at 2008年01月11日 07:42
★風さん、おはようございます。

>ロマン派のblogですよ〜♪
そうかも知れませんね。
Posted by すー at 2008年01月11日 07:45
★PONさん、おはようございます。

ふるさとの家のすぐ前を道路ができるため、家、家が立ち退き、すっかり様子が変わってしまいました。
私のところでも、昔、泳いだり、魚を捕った川が道路を広くするためにものすごく狭く、コンクリートで固められてしまっています。川幅1/4ぐらいにね。
Posted by すー at 2008年01月11日 07:48
おはようございます。
ちょっと悲しいですね。神社の場合は祠がご神体じゃなくて、森とか山とか岩とかがご神体という場合があるのにね。しかも近くにある祠との位置関係の連携もあるのに。知らない人は簡単に移動させてしまうんだな。
Posted by 京男 at 2008年01月11日 08:11
後少し道を変えれば守れる
その事実を ちゃんと考えて欲しいです
残念でなりません
Posted by ねえさん at 2008年01月11日 10:37
★京男さん、こんにちは
そう、祠が神聖というだけではなく、森お含めた全体が神聖なのですよね。
そうだと思います。別の場所を用意すればよいという問題ではないですよね。
Posted by すー at 2008年01月11日 12:55
★ねえさん、こんにちは
何故、そんなことをしないのでしょうかね。実は簡単なことの様に思われますが。
そして、この神社の近くで湧き出す湧き水も道路の下に埋められてしまうようです。
昔は、ここでお茶碗を洗ったり、野菜を洗ったりしていました。そんな、富士山の湧き水も潰されます。
Posted by すー at 2008年01月11日 12:58
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