狂言宴に!

2017年12月06日

Posted by すー at 04:23 │Comments( 3 ) 見学・鑑賞
昨日(12/5)の朝も冷えました。その後も、本当に冷たい風が強めに吹き、何やら真冬の冷たさを感じた一日となりました。
植物園の生態園の森も明るくなりました。落葉樹がほぼ葉を落とし、空が大きく覗けるようになりました。また、その森を抜ける風も風を遮るものが減ったことから風が抜けて寒いです。そんな風が強めでそれに冷たいことから、いつもお邪魔する植物園も早足で通り抜けるだけで早々と退散でした。
今朝も寒いです。
昨日はこの冬の一番の寒さでしたが、今日はそれを上回る寒さになるようです。
今朝の寒さは力が入っています。最低気温が予報では1℃とのことですが、それ以上の寒さに感じます。

さてさて、話題は4日(月)に鑑賞させていただいた狂言の話題です。
この狂言は私の知り合いが定期的に開催しており、今回は「四季の狂言宴・・・師走の巻」と題して「宗論(しゅうろん)」というお題目が演じられました。その後は出演者も交えての「宴」が開催されました。
開催場所は奈良市の旅館の特設舞台での開催で夜の6時30分の開演。終演後に宴ということで少し食事が遅くなることから皆さん「虫養い(むしやしない)」の軽食をいただいての参加のようでした。私はそんなところまで頭が回りませんでした(ご存じの事とは思いますが「虫養い」とは、小腹が空いたときに、お腹の虫が鳴くのを押さえるために軽食などをとって小腹を満たすこと、になります)。
い~やああ楽しく狂言を見せていただき、笑わせてもいただき、その後の宴会の食事も美味しく、吉野の地酒も美味しくたくさんいただきました。
夜にあまり出歩くことは少ないことと、少し遠いので電車の時間を気にしながらの参加でした。もう少し近ければもっと皆さんをお話しができたのですが・・・残念でした。私の時間としてはかなり遅い帰宅となりました!
演目の狂言「宗論(しゅうろん)」のあらすじは、大体こんな感じです。
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身延山帰りの法華僧と善光寺帰りの浄土僧が、たまたま道連れになるが、互いに犬猿の仲の宗派と知る。法華僧は浄土僧をまいて宿に逃げ込、浄土僧も追って入り食べ物にこじつけて宗論を始めるが、勝負がつかず。寝入ってしまう。
翌朝、浄土僧がお経を「南無阿弥陀仏」と唱え始めると、法華僧も負けじと「南無妙法蓮華経」と始める。踊念仏、踊題目の張り合いになるうち、念仏と題目を取り違えてしまい…
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宗旨争いの愚かしさを滑稽に描いた狂言ということになるかと思います。
狂言宴に!
狂言宴に!
狂言宴に!


◇宴の狂言秀句盛り特製お弁当
狂言宴に!
狂言宴に!


〇おしながき
狂言宴に!


〇それそれの料理が狂言の演目になぞらえて
狂言宴に!




◇気になったお酒
 これは葡萄酒ですが、春日山の山ぶどうで作られた葡萄酒です。
 その他に吉野の地酒もたくさんの種類が・・
狂言宴に!




旅館の特設舞台なので、距離が近い、目の前で行われる、その上に終了後には自由な雑談、裏話も聞ける、宴会にも参加していただき、その時もいろいろな狂言世界のお話しなどをお聞きできるなど特典が一杯でした。(^_^)ニコニコ


★おまけの一枚

猿沢池と興福寺五重塔
狂言宴に!





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すーさんの「撮植(さつしょく)日記」
↑気ままに撮影した植物を掲載しています。よかったら見てやってください。
 ご意見をいただければ最高です。
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「今日は何の日」

6日(水) 仏滅 [旧暦十月十九日]

【サンタ・クロース・デー】
サンタクロースのモデルとなったニコラス司教の命日。この日は聖ニコラウス祭がおこなわれる。

【シンフォニー記念日】
1914年(大正3年)のこの日、ベルリンから帰国した山田耕筰作曲による初の和製交響曲『かちどきと平和』が帝国劇場で発表された。『さくらさくら』『赤とんぼ』『ペチカ』などの童謡も彼の作曲作品。

【姉の日】
作家の畑田国男氏が1992年(平成4年)に制定。9月6日の「妹の日」と対になる健気で犠牲的精神を持つ日。

【フィンランド独立記念日】
1917年(大正6年)のこの日、P.E.スヴィンヒューヴトらが起草した独立宣言が議会で承認され、ロシア革命時にフィン族が仮政府を樹立。首都はヘルシンキ。

【黄門忌】
水戸徳川家2代藩主、「水戸黄門」こと徳川光圀の命日。享年72。
諸国から学者を招いて『大日本史』の編纂に着手したことで知られる。
名君の誉れ高く、権中納言の唐名から水戸黄門と呼ばれた。彼が没した際、江戸では「天が下 二つの宝つきはてぬ 佐渡の金山 水戸の黄門」という狂歌が広まったともいわれている。



タグ :狂言

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この記事へのコメント
おはようございます。
それで奈良だったのですね。
間近で観られるのがいい。
帰る時間が気になるのが落ち着かないかも。
Posted by 京男 at 2017年12月06日 06:45
おはようございます。
粋なお知り合いがいらして良いですね。
狂言もさる事ながらお食事にまで配慮がされているなんて嬉しい限り。
さすが、伝統芸能だと思います。
これなら雨でも価値あるものでしたね。
お帰りはいつもなら就寝されている時間だったでしょうけど。
Posted by くじびき はずれ at 2017年12月06日 07:38
★京男さん、こんにちは
>間近で観られるのがいい。
特設会場なので2mほど先で演じていました。
>帰る時間が気になるのが落ち着かないかも。
宿泊された方も!

★くじびき はずれさん、こんにちは
たまたま昔のいろいろな会社の集まりの知り合いです。その時の知り合いはユニークな方がたくさんおられました。今でも、何人ものかたと続いています。

>お帰りはいつもなら就寝されている時間だったでしょうけど。
ハイ、奈良を出る時間はすでに布団の中の時間でした。
Posted by すーすー at 2017年12月06日 13:24
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